遺言能力について
昨年毋が死亡し、相続人は私と兄の二人です。父は既に亡くなっています。
最近、兄から「全財産を長男に相続させる」と書かれてある母の遺言公正証書を見せられました。遺言の作成日は母の死亡の前日であり作成場所は母が入院していた病院の病室でした。しかし母は数年前に脳いっ血のため倒れ、その後、脳いっ血後遺症の脳動脈硬化症により、あまりしゃべることができなかったのですから、このような遺言ができる筈がありません。毋の主治医だった医師に、死亡の前日に母が遺言を作ったことを話したところ、医師は「そんなことは聞いていない」と鷙いていました。
兄は母とは別に住んでいて、殆ど母の面倒は見ていないので、このような遺言には納得いきません。そこで、
①公正証書でなされた遺言でも無効と言えるでしょうか。
②無効と言えるとしたら、無効であるとはっきりさせる方法はありますか。
③仮に、遺言が有効だとしたら、私は母の遺言どおり、母の遺産についてなんの権利もないのでしょうか。
一 ①について
公正証書遺言でも遺言者に遺言能力がなかった場合は、その遺言は無効です。
②について
裁判所に遺言無効確認請求訴訟を提起して、遺言が無効であることを確認する判決をもらうことができます。
③について
遺言が有効な場合でも、あなたは母上の遺産の四分の一について遺留分減殺請求権があります。但し、母上の遺言によって、あなたの遺留分が侵害されたと知ったときから、一年以内に遺留分減殺請求の意思表示をしておくことが必要です。
二 遺言者が法律上有効な遺言をするには、遺言能力が必要です。ここでいう遺言能力とは、「有効に遺言をなしうるために必要な行為の結果を弁識・判断するに足るだけの精神能力」です。しかし、高齢者の場合、老人性痴呆症や病気の影響により上記のような判断能力が低下する場合がありますので、右のような判断能力のある状態で遺言をしたのかが問題となる場合があるのです。以下に。公正証書遺言が無効とされた判決の事例をご紹介します。
(ケース1)
遺言者は、六四歳のころ脳いつ血で倒れ、その後脳いつ血後遺症の脳軟化症・冠状動脈硬化症による心臓衰弱で七六歳で死亡した。死亡の一年二ヶ月前に公正証書遺言をしたが、その遺言のころ、遺言者は言語障害のため、息子の結婚式にも招待客と応対し会話を交わすことができないため出席できなかった。医師の鑑定結果によると、遺言者が脳いっ血で倒れてから死亡するまでの状態は、明らかな言語機能の障害や関心・自発性・意欲の欠如、低下が発現しており、遺言当時にはかなり進んだ人格水準の低下と痴呆がみられ、是非善悪の判断能力並びに事理弁別の能力に著しい障害があったことを理由に、遺言は無効とされました。
(ケース2)
遺言者は八一歳の高齢で、公正証言遺言作成の五日前ころから肝細胞機能障害による肝不全症状が強まり、眠ったりうとうとしたりする傾眠状態となり、遺言の三日前には看護婦の呼びかけにも何ら反応を示さない状態に陥った。遺言当日は、公証人が遺言者に、遺言条項を順次にの土地は〇〇市のどの部分の土地で、これを誰にあげるということですよ亅と説明し、その都度それでよいかを遺言者に尋ね、遺言者は「はい」とか「そうです」と簡単な返事をするという状態であり、遺言者の遺言状を読み聞かせている途中。遺言者が眠りかけてしまったため読み聞かせを中断したことがあった。更に遺言者の署名捺印が必要であるところ、公証人は遺言者が署名するのは無理と判断し代書したが、捺印させようと遺言者に実印を渡しても力が弱く印影がずれ、不鮮明となったので、公証人が遺言者の手を持って介添えし、押印させた。裁判所は右のような状況下において、遺言作成当時遺言者がその意味・内容を理解・判断するに足るだけの意識状態を有していたとは言えない、として遺言を無効としました。
三 そこであなたの場合。遺言無効確認訴訟において母上の遺言当時における判断力の程度・病状・遺言前後の言動について、入院中の診療録や看護記録・医師の証言によって、母上に遺言当時意思能力がなかったことを、また、遺言の趣旨を口授する能力がなかったことを証明できれば。判決で遺言は無効とされるでしょう。
弁護士 塩味滋子