遺留分と遺言書の訂正について

私は戦時中外地で先夫甲と結婚し乙を産みました。終戦を迎え、先夫甲は後の処理を済ませてから戻るというので、私は乙を連れて日本に引き揚げ、先夫甲の実家で暮らしていました。数年後、先夫甲が死んだとの報せを受けてから、乙は跡取りとして大事にされましたが、私はむしろ邪魔者扱いをされ、とうとう先夫甲の実家から追い出されてしまいました。その後。私は他の男性丙と再婚し丁を産みました。乙は跡取りとして先夫甲の実家の財産を受け継ぎ、立派な家に住み裕福な暮らしをしていました。
私と丙は借家住まいを続け、必死に働いて丁を育てて来ました。現在、丙も死亡し、私は一人暮らしですが生活も安定し私名義の一戸建(三千万円)と預金一干万円をもち、財産の総額は四千万円です。丁は社宅住まいをし、質素に暮らしています。
最近乙は事業に失敗し、借金を申し込んで来たので断ったところ「遺留分は放棄するから生命保険金の受取人を自分にしてくれ」と言いました。私としては。丙と一緒に苦労して築いた財産と、私の生命保険金は私の死後丁に相続させたいと考えていましたが、乙がかわいそうになったので「生命保険金の受取人は丁から乙に名義変更するので、その他の財産全部を丁に相続させる」ことを乙に承諾してもらい、その旨の遺言をしました。しかし、約束に反して乙は家庭裁判所に対する遺留分放棄の手続きをとってくれないばかりか、私の財産を目当てにいろいろな理由をつけて送金を要求し、送らないと嫌がらせを言ったりする有様です。
そこで、私はもう一度生命保険金の受取人名義を丁に変え、「生命保険金と全財産を丁に相続させる」内容に遺言書を書き直したいのですが、一旦した遺言を変えることはできますか。また、遺留分を侵害する恐れのある内容の遺言をすることも法的に可能ですか。更に、私の死後、乙と丁が相続争いをしないようにするにはどうしたら良いでしょうか。

一 財産の所有者はその所有する財産を生前中に売却したり、誰かに贈与することは当然のことながら自由です。財産の所有者が自分の死後その所有する財産について、何の意思表示もしないで死亡すると、所有者の意思を推定したものとして、法定相続分という法律の定めた割合によって相続がおこなわれます。あなたの場合は相続人は息子乙と丁の二人ですので、あなたが死亡した場合、乙と丁があなたの遺産を二分の一ずつ相続することになります。

二 財産の所有者が遺言として財産処分方法の意思を明示して死亡したときには遺言者の財産(相続財産)は遺言の内容のとおりに相続されます。しかし、遺言といえども遺留分を侵害することはできません。

三 遺留分とは遺言によっても遺言者が相続財産を自由に処分できない一定割合の相続財産で、その割合は相続人が誰かによって民法で決まっています。例えば相続人が子である場合は、子の遺留分は法定相続分の二分の一となっています。従って、乙には、あなたが死亡したときには、あなたの遺産の四分の一の遺留分があるのです。この道留分の制度は遺言者(被相続人)の財産を頼りに生活を営んでいた相続人の生活を保障し、他方被相続人の恣意による相続財産の処分(例えば妾に遺言で財産全部を遺贈するなど)に一定の歯止めをかけるものです。ただし、遺留分権利者が予め遺留分を放棄していれば、遺言者は遺留分権利者の遺留分を配慮せずに遺言ができます。

四 あなたは息子乙と話し合いの上、「生命保険金の受取人を乙にした上で、残りの全相続財産を丁に相続させる」旨の遺言をしたということですが、生命保険金請求権は生命保険契約に基づく保険金受取人の固有の権利であり、遺産ではありません。従って。このままにしておきますと、あなたの死後、乙は生命保険金を受け取った上で、さらに丁に対し遺産の四分の一の遺留分を請求する権利がありますので、乙と丁の間で紛争が起こる可能性があります。

五 遺言の内容を書き換えることはあなたの自由です。その場合、①前の遺言の変更したい部分を取り消して新たな財産処分の意思表示をする形でもよいし、②前の遺言はそのままにしておいて、内容の抵触する新たな遺言を作成しても良いのです。②の場合には後の遺言を全く新しく作成したとき、後の遺言が前の遺言と抵触するときは後の遺言が前の遺言のその抵触している部分を取り消したものとみなされます。なお。このような場合には将来紛争のもととなりやすいので、公証人役場で遺言を作成しておいたほうが安全と思われます。

六 そこで、あなたの死後乙と丁の間で紛争が起きないようにする方法としては、①生命保険金受取人を乙から丁に変更する旨の公正証書遺言をすること、②変更したことを保険会社に通知し、保険証券に裏書を受けておくこと。また、③乙の遺留分(遺産の四分の二)を侵害しないような遺言を作ることが大切です。具体的には、乙の遺留分はあなたの遺産(四千万円)の価額の四分の一の一千万円ですので、預金一千万円を乙に相続させる旨の選言をすること、また④その遺言どおりに実現できるように、遺言執行者を指定しておくと良いでしょう。

弁護士 塩味滋了