遺産の増加に寄与した相続人がいる場合の遺産分割
私は都内のある市に住んでおります。昨年夫が亡くなりました。私達夫婦には、家を継いで一緒に暮らしている長男、サラリーマンと結婚した長女、事業経営者と結婚した二女の三人の子がいます。しかし、長女は三年前に死亡し、子(私にとっては孫)が一人います。
私方は十代以上続いた農家でしたが、戦後は周辺の宅地化が著しく、土地も高騰し、農業収入だけでは資産を維持できなくなったので、夫が存命中に、長男の企画により夫名義の賃貸マンションを三棟建て、その他貸駐車場などの不動産賃料収入を固定資産税や生活費に充てていました。遺産は十億円です。この度、夫の遺産相続について長男、亡くなった長女の夫や、二女と話し合ったところ、次のような問題が起こりました。
亡くなった長女の子は幼いときに重病を患ったため、今は成人していますが知的障害者で、自分で財産管理をすることができません。例えば、買い物に行ってもおつりの計算ができなかったり、知らないところへバスで行くと、一人で帰って来ることができません。長女の夫は、この孫の父親として家庭裁判所から成年後見人に選任されたとのことで、「家庭裁判所に提出しなければいけないから、遺産全部の財産目録を出せ。出さなければ、遺産分割の話は始まらない」と要求してきました。応じなければならないでしょうか。
長女の夫は、長女の子が長女の代襲相続人として遺産分割という重要な財産管理行為をするために、家庭裁判所に後見開始の審判の申立をして、成年後見人に選任されたのでしょう。成年後見人は、就任直後にまず財産目録を作成し、家庭裁判所に提出することが必要です。これは、成年後見人に就任した人が、これから管理する財産の明細を明らかにしておくことが必要だからです。従って、未だ遺産分割が終わっていない本件では、『成年後見人として、全体の財産がわかる目録を出さなければならないから』、という長女の夫の言い方は正しくありません。しかし、遺産分割の話し合いは、遺産の全容がわからなければ、話し合いが進む筈がありませんので、遺産の全容を開示したうえで話し合うことが必要でしょう。
二女は「自分の生活は苦しいのに、実家の生活は優雅で楽のようなので納得できない。お父さんの相続と、これから起こるお母さんの相続も含めて、この際一挙に解決すれば良いから、全財産の三分の一を要求する」と言い出しました。
私方では、先祖から受け継いだ財産は少しでも減らさないように大切に守っていこうと今日まで贅沢もせず堅実に暮らしてきました。家を継いだ長男が、当初農業を無償で手伝い、農業経営だけでは資産を守れないとして賃貸マンションの企画や不動産管理等を夫の存命中から無償で主体的に取り組んできてくれたお陰で先祖の土地を守って来れたのに、三分の一をよこせという二女の要求に応じなければならないのでしょうか。また、今からこんなことを言う二女ですから、私の死後、相続争いが起こらないようにしておくにはどうしたら良いでしょうか。
あなたの家の財産の三分の一をよこせ、という二女の要求に応じる必要はありません。その理由は、そもそも母親であるあなたの相続が起こっていないのですから、二女には母親に対する相続権は未だ発生していないからです。
従って、今回の遺産分割は、あくまであなたの夫の遺産が対象です。その場合、相続人と法定相続分は、妻であるあなたが二分の一、子は三人ですので長女の代襲相続人たる孫も含め各人が二分の一を三分の一ずつですので六分の一ずつ、となるのが原則です。
但し、あなたの夫の遺産が増加したのは、後を継いだ長男が農業経営を不動産賃貸業に切り替え、その企画・管理を一手に引き受けかつ無償で家業に従事して来たからというのですから、長男は寄与分を主張できます。
従って、まず、長男の寄与によって遺産がどれだけ増加したかを相続人全員(長女の子の成年後見人も含めて)で協議する必要があります。例えば、長男の寄与分を一億円とする協議が成立すれば、長男の寄与分一億円を控除した九億円が遺産分割の対象ということになります。
長男の寄与分の割合や遺産分割協議の合意ができなければ、家庭裁判所に調停申立をして調停の席で話し合いにより決めるしかありませんが、あなたとしては、長女の子の成年後見人や二女に対し、家を継いで親の仕事を手伝ったり、親の扶養をして父親の財産の増加に寄与してくれた長男の苦労や、十代以上続いたあなたの家の先祖の祭祀の承継や親戚との付き合いなどの跡を取る者の苦労も話すなどして、長男の苦労と寄与に報いてくれるよう他の相続人を説得することに力を注ぐことです。
尚、今回のことを教訓として、ご自分の相続の際にトラブルが起こらないよう対策を立てておくべきでしょう。遺言を作っておくというのも一つの方策です。その他、世上いろいろと工夫が考えられます。弁護士などの専門家に相談しておくというのも一方法です。今回は、あなたが家を守るために努力する以外に道はありません。
弁護士 塩味達次郎