賃料不払いの借家人が残していった荷物を処分することの可否
未払賃料のあるアパート入居者についておたずねします。現在、家賃を滞納しており、再三の通知に対し連絡がなく、連絡がとれても約束どおりに入金がされません。部屋には荷物が残っており、保証人が荷物の処分を書面で委任してきました。
書面があれば、部屋を片付けてしまっても法的に問題はないでしょうか?本人は地方に行ってしまっており、部屋には帰っておりません。
一 賃貸人は、保証人から「賃借人の荷物の処分を委任する」旨の書面があっても、賃貸人が勝手に賃借人の部屋を片付けてしまうことはできません。
二 賃借人が家賃を滞納し、さらには地方へ行って部屋に帰って来ない状態であったとしても、賃貸借契約を解除し、契約関係を終了させない限り、契約関係は続いております。即ち、賃借人は部屋の占有権及び室内にある荷物の所有権を有しています。ですから、原則として後記のような法的手続を執らずに明渡を強行し、室内の荷物を処分することはできません。これを自力救済の禁止といいます。
判例でも、「賃借家屋から約定に反して無断転居し、賃料も不払いであった賃借人の部屋に立ち入り室内の残置物を搬出廃棄したことが違法であるとして、賃借人から賃貸人に対する慰謝料請求が認められた」事例があります。
三 そこで、賃貸人としてとるべき法的手続は以下のようになります。
先ず①賃料滞納の債務不履行を理由に賃貸借契約を解除します。解除の効果として、賃借人には適法な占有権限が無くなりますので、次に②建物の明渡を求める建物明渡請求並びに未払賃料支払請求訴訟を提起します。万一、賃借人の行方がわからない場合には、契約解除の意思表示を記載した建物明渡し等の訴状を公示送達の方法により、相手方の住所・居所が不明の場合でも届いたことにさせることができ、判決をもらうことができます。
四 但し、賃貸人勝訴の判決を得られたとしても、賃貸人自身がすぐにアパートの部屋に入り、賃借人の所有の家財道具等の荷物を運び出すことはできず、勝訴判決に基づいて裁判所の執行官に強制執行を申し立てなければなりません。その際には、貸室の明渡の強制執行と同時に、未払賃料支払債権に基づいて賃借人の家財道具等の荷物を差し押さえてもらいます。
執行官は①建物の明渡しを求める請求権の強制執行と②動産に対する金銭執行を職務とします。そして執行官は差し押さえた動産を一定期間保管後に競売します。賃貸人は右の売却代金から、未払賃料を回収することになります。また、執行官は価値のない動産は「無価値物」と認定して処理することができます。
以上のように、建物明渡請求訴訟及び未払賃料支払請求訴訟の提起と、その判決に基づく強制執行を経て初めて賃貸人は賃借人の荷物を処分することができるようになります。
五 ところで、ご質問のケースでは、「保証人が荷物の処分を書面で委任してきている」ことから、強制執行によらず賃貸人が荷物の処分をしたいとお考えになったことと思います。
確かに、立ち退き時に予め賃借人から「明渡の後に残された物件の所有権は放棄し、賃貸人が自由に処分してもよい」という同意書をもらってあれば、普通は、それによって処分することができます。しかし、本件のケースのように賃借人からの処分の同意がない場合は、たとえ保証人から処分の委任があったとしても、あくまで残された荷物は賃借人の所有物である以上、賃貸人が勝手に処分することはできません。そして、勝手に処分をした場合には民事上は損害賠償の、また刑事上は窃盗罪や器物損壊罪等の法的責任を問われる可能性もあります。
そして、建物明渡債務は賃借人の一身専属的債務であり、保証人が代わって実現することができません。そのため、保証人に対して建物の明渡・荷物の処分を請求することもできません。
六 以上から、結論としては、賃借人の同意のない以上、時間も労力もかかってしまいますが、前述のしかるべき法的手続を経たうえで荷物の処分をすべき、ということになります。
弁護士 塩味滋子