認知症の父が所有する借地上にあるアパートの処分

一 私の父「甲」は九四歳を迎え体は元気ですが、大分認知症の症状が出てきています。父は借地上に貸家として十六世帯が入居する古い三階建の鉄筋コンクリート造のアパートを所有しています。父は名義上貸家の貸主になっていますが、実際の管理は私かやっています。建物の税金も父を名宛人に請求されています。借家人は昔からの入居者が多く、皆高齢者です。父は借家人と伸が良く家賃も低く抑えられてきました。地主からは地代は年々値上げされ上がってきていますが、家賃はなかなか上げられません。家主でありながらあまり利益はなく管理に苦慮しています。

二 私は、このたび、管理の手間がかかる割に利益にならず、税金の支払い時にも苦労しているので、父と相談の上、地主に借地権を返上し、賃貸アパートの所有権を無償譲渡することで、すっきりしたいと考えるようになりました。そこで地主にそのことを伝えたところ、地主はその提案を了解してくれました。

三 私は準備のため法務局で貸家建物の謄本をとったところ、建物の所有名義人は父甲の父「乙」即ち私の祖父のままになっていました。借地の返還は簡単にできそうですが、建物の名義変更は容易ではなさそうです。地主からは建物の名義は完全に移してほしいといわれ困っています。私はどうしたらよいのでしょうか。

一 あなたの父甲は、現在認知症のようですが、その程度はどの程度でしょうか。認知症の程度によって、財産を処分しようとするときは、家庭裁判所の選任する成年後見人又は保佐人又は補助人(以下三者全てを「財産管理人」という)によって取引行為を行っていないと、後に無効とされたり取り消されたりして大変面倒なことになります。原則として、不動産の処分は重要な財産の処分として、裁判所の選任した財産管理人による外ありません。

二 そこで、あなたは、父甲をかかりつけ医に連れて行って、認知症の程度を調べてもらいそれによって、成年後見、保佐あるいは補助かのいずれかの開始申立をせざるを得ません。後見人、保佐人あるいは補助人が決定したのちはこれらの財産管理人が家庭裁判所の許可を得て借地権と貸アパートの建物をどうするか決めることになります。

三 これらの財産管理人は基本的に本人である甲の財産を守ろうとするので、あなたが考えているような不動産の処分にはなりそうにありません。そうだとすると、これらの管理人があなたに代わって管理することになるのはあなたの本意ではないといえます。

四 そもそも建物の名義についても未だ祖父乙の名義のままだというのですから、建物についてあなたの父甲の名義にする遺産分割の問題を先ず解決をしておかなければなりません。この分割も財産管理行為ですから。父甲の認知症の程度によっては、前記の財産管理人を家庭裁判所で選任してもらう必要があります。そして、財産管理人が父甲の兄弟姉妹と連絡を取り、とりあえず父甲の単独名義に集中することが重要です。この手続きだけでも兄弟姉妹全員の承諾を受けられるか判りませんし、仮に兄弟姉妹の誰かが亡くなっていたりすると更にその方の子全員の承諾を受けねばならず複雑なことになります。相続権のある誰かから異議が出て相続分の主張や代償金の請求をされると解決は更に長引くことになります。また、これらの当事者のいずれかが認知症になっていたりするとその方にも財産管理人を選任しなければならず大変複雑なことになり時間もかかります。

五 いずれにしても、まずは地主に事情を説明して交渉を白紙に戻し、上記四の処理が順調にすんだら上記二の処理に進むべきでしょう。

弁護士 塩味達次郎