認知症の母の遺言能力
一 私は3人兄弟の長女です私の毋は現在90歳で、私の家族と同居しています。私の父は既になくなっでおり、私には兄と弟がいます。母は父の遺産の半分を相続した結果、預貯金、実家の敷地と建物および山林を所有しています。父の死亡後、母と兄嫁が仲違いしたとき、兄は兄嫁をかばい、母をいさめたため、母は実家を出て私の家に同居するようになりました。母が私の家に来てからは、弟が時々来ていましたが、弟が兄嫁をほめたことがきっかけで母と喧曄になり、結同母は兄や弟と全く交流しなくなってしまいました。
二 兄や弟は、私が毋を半ば強制的に囲い込み、1人にさせないようにしていておかしいと言って私を非難しています。しかし、母は、私や私の夫がずっと面倒をみてくれてありかたいと言って、遺言をしたいと言い出しています。母は、自分の持っている財産は全部私にあげると言っています。ところで、ここ半年くらいの間に母はやや呆けてきていて、時々物忘れをしているときがあります。はっきりしているときは、以前と同様に考えも筋は通っているし、言葉もはっきり言えるのですが、文字は高齢のため手が震えて、名前を書かせると文字を間違えたり、上下に波打ってしまいうまく書くのは難しいようです。このような母親ですが遺言は出来るのでしょうか。
一 遺言は。遺言者が自分がいなくなった後、自分の財産をどの様に処分するかを表示する文書です。ですから、有効な遺言があれば、相続は遺言に従って行われます。遺言者が有効な遺言をするためには、判断能力があることが必要条件です。判断能力があれば、文字は書けなくとも遺言は可能です。ところで、そもそも母上は、やや呆けかかっているとのことですが。どの程度なのでしょうか?
二 遺言の形式には大きく分けて自筆証書遺言と公正証書遺言があり、自筆証書遺言では遺言内容の全文を遺言者本人が書き、日付、氏名を自署し押印しなければなりません。ですから、手が不自由で字が書けない方は自筆証書遺言をすることは出来ません。他方、公正証書遺言では、公証人に遣言の趣旨を口頭で述べれば、公証人が聞き取って証書を作成してくれますし、氏名は代筆してくれます。しかし、遺言をする際に、遺言者が高齢の場合、公証人から遺言時に判断能力があることを証明する医師の診断書の提出を求められることがあります。
三 有効な遣言を出来るかどうかは、まず母上の判断能力がどの程度あるのかが、分かれ目になります。判断能力がないのに形式的に遺言書を作成しても、後日遺言が無効だとして争われることがありますので、遺言作成前に母上をかかりつけの医師のもとにお連れして、判断能力を診断してもらうことをお勧めします。医師は長谷川式簡易知能評価スケールという老人性痴呆症の検査方式にしたがってテストを行い、結果を教えてくれます。テストと言っても難しいことを尋ねるのではなく、通常の日常生活で必要とされる事柄を尋ね、どの程度答えられるかを試すものです。一般的に長谷川式簡易テストは30点満点で21点以上あれば非認知とされています。お尋ねのような母上の状態では有効な遺言が可能かどうかはこのテストの結果次第と思われます。
四 遺言ができると判断されたならば。公証人役場に出向き公正証書遺言を作成することになります。なお、健康を害して出かけることが出来ないときには、公証人に病院や自宅に出張してもらうことも出来ます。
五 お尋ねの内容によると、ご兄弟との関係が円満ではないように見受けられますので、遺言を作成する際には、遺言が効力を発生した際ご兄弟から遺留分を請求されることを前提に遺言を作成されるよう、母上に忠告しておくべきでしょう。即ち、ご兄弟各人の遺留分すなわち法定相続分3分の1の半分、即ち6分の1ずつに見合う財産について、兄さんや弟さんに何をどう相続させるかを具体的に予め遺言の中に書き込んでおくことです。そうすれば、相続発生後ご兄弟の間で遺産の分割方法でもめることを防ぐことができるからです。
弁護士 塩味達次郎