自筆証書遺言の解釈
ー 私山田れい子(仮称)は家政婦として、紹介所から紹介をうけた高齢の佐藤良子さん(仮称)の家に通って働いてきました。私か働きに通ううちに、私は佐藤さんと親しくなりました。私と佐藤さんとは親子ほどの年の差がありましたが考えや話が合い、私は仕事の関係以上に佐藤さんを何かと面倒をみるようになり、佐藤さんも私に対して何かと気にかけてくれるようになりました。
二 佐藤さんの話によると、子供はなく夫が死亡した時、両親はとっくに亡くなっており、他に身寄りは無く全く一人であるとのことでした。私は佐藤さんの身の上を聞いて、家政婦としでの仕事の外にできることは何でもしてやろうという気になり、佐藤さんも体が不自由であったことから日常生活のお世話の外にお金の管理まで全て私に頼るようになりました。佐藤さんが病気になると病院に連れて行き、入院の際には保証人にもなりました。
三 佐藤さんは一戸建ての自宅を所有し、貸しアパートも所有していて、預金も三千万以上あります。私は、身寄りのない佐藤さんがもし亡くなった時、この財産は国のものになると聞いていましたので、佐藤さんが私にくれたらいいなと思うようになりました。私は佐藤さん宅に毎日通っていたのですが、こんなことをじかに佐藤さんに言えないので、「佐藤さんが亡くなったとき私に佐藤さんの財産を下さい。」と手紙を書きました。佐藤さんは手紙を見ても何も言いませんでしたが、ただ一言「心配しないで。」とだけ言いました。私はその言葉を聞いても、何が何だか判かりませんでしたが、これ以上何も言えず、この話はそのままとなってしまいました。その後佐藤さんは急に病状が悪化して死んでしまいました。
四 私は病院から遺体の引き取りや葬式の準備をするため、市役所に行って相談をしたところ、市役所職員が戸籍謄本を用意してくれました。戸籍謄本を見てはじめて、私は佐藤さんには遠方に兄弟姉妹がいることが判かりました。私は早速兄弟姉妹に連絡を入れると佐藤さんの生前全く音信不通で見舞いにも一切顔を出したことのない兄弟姉妹が来て、形ばかりの葬式を済ませました。私は言われるままに保管していた預金通帳を兄弟に渡したところ、費用は預金を解約して支払い、私に遺品の後始末は適当に処分して欲しいと依頼して、帰ってしまいました。
五 私は佐藤さん宅の後始末をしていたところ、ダンスの引き出しの底の方に、私か佐藤さんに出した手紙と表書きに遺言書裏面に佐藤良子さんの名前が書かれた封筒が出できました。私は開けて中を見たところ、便箋に佐藤さんの字で「全部山田れい子さんに。平成22年5月3日佐藤良子」と書かれ名前の後に、佐藤さんの印鑑が押しでありました。私は、早速家庭裁判所に遺言書の検認の申し立てを行い、検認を受けました。検認の日には遠方から兄弟姉妹が集まり立ち合いました。その後私は「佐藤さんの財産は私か遺贈を受けた。」と主張したところ、兄弟姉妹から「この遺言書の文言では遺言者の意思が明確でなく法律上無効であるから、遺産は兄弟姉妹のものだ。」と言われてしまいました。私は遺言書のとおり財産を受け取れるでしょうか?
一 遺言は、遺言者の最終の意思表示でありますので、法律はその形式を厳格に定めています。お尋ねの場合は。自筆証書遺言ですから、遺言書は遺言者本人が全文、日付及び氏名を書き、これに印を押さねばならない(民法九六八条第一項)としています。内容についても意味がはっきり分かることが必要です。
二 この遺言書では、誰が誰に何をどうするのか、の意味内容がはっきりしていません。遺言者の意思を貴方のために推測すれば、佐藤良子さんがあなたに自分が所有する全ての財産を遺贈するとも読めます。
しかし、客観的に読むと、「あげる」とも「あげない」ともはっきりしていません。従って、当然には貴方が遺産の受贈者になれないと考えられます。しかし、貴方が遺言書を発見したときに、遺言書が貴方の出した手紙と一緒に保管されていた状況、遺言者が貴方と知り合って亡くなるまでの貴方と遺言者との密接な生活関係などから、この遺言書が有効になる可能性はあります。現在の判例では、遺言書を出来るだけ有効とする方向で判断される傾向があります。従って、貴方としてはまず兄弟姉妹と話し合いをして、了解を得るよう努力し、それでも了解を得られなければ訴訟を提起し遺言書を有効とした上で財産の引き渡しを求めることになります。
弁護士 塩味達次郎