相続人の一人に法定相続分を超える財産を「相続させる」遺言書について
先日、父が亡くなり、母と私と弟が父の遺産を相続することになりました。遺産は①A市にある土地建物(価額4000万円)②B市にある土地(価額2000万円)です。A市にある土地建物には母と私が住んでいます。B市にある土地には弟が弟名義の家を建てて住んでいます。
三人で相続の話し合いをしたところ、弟は、父の「B市の土地を弟に相続させる」という遺言状を持ち出してきて、「遺言状のとおり、B市の土地の外に、残りの遺産(A市にある土地建物)からも法定相続分(四分の一)の遺産を欲しい」と要求してきました。
もし、弟の要求どおりに遺産分割するとなると弟の取得分は3000万円となります。弟は遺言で相続した遺産だけでも、法定相続分を500万円超えているにも拘わらず、更に弟の要求どおり、残りの遺産の四分の一も弟に分割しなければならないのでしょうか。
一 特別受益や寄与分の問題もないとした場合、弟さんが亡父の遺言により取得したB市の土地の価額が弟さんの法定相続分(四分の一)を既に超過していますので、残余の遺産(A市の土地建物)については弟さんは取得分がないことになり、他の相続人だけで、A市の土地建物を分割すればよいのです。
二 「特定の遺産(B市の土地)を特定の相続人(弟さん)に相続させる」という遺言を作るメリットは、本件の場合相続開始と同時に弟さんに直接、B市の土地が帰属し、弟さんは、遺言状により単独で相続登記の申請ができることです。
三 このように、特定の遺産(B市の土地)を特定の相続人(弟さん)に「相続させる」趣旨の遺言は、当該遺産(B市の土地)を当該相続人(弟さん)をして、他の共同相続人(母上とあなた)と共にではなく、単独で相続させようとする遺産分割の方法が指定されたものと解されております。
四 また、このような「相続させる」趣旨の遺言があった場合には、何らの行為を要せずして、当該遺産(B市の土地)は、被相続人(父上)の死亡の時に直ちに相続により承継されますから、弟さんは、遺言状により単独で相続登記の申請ができるというメリットがあります。
五 父上が弟さんに対し、このような「相続させる」趣旨の遺言をしたのは、以上のようなメリットを考えてのことでしょうし、また、父上が弟さんにB市の土地を母上や兄であるあなたたちと遺産分割手続などをすることなく、弟さんに承継されるように遺産分割の方法を定めたと解するのが遺言者の意思解釈として合理的と言えます。
六 ところで、弟さんは、遺言で相続したB市の土地の額が2000万円ですから、本来の法定相続分1500万円を超えています。つまり、弟さんは当該遺言(遺産分割の指定)がなければ1500万円が当初の相続分であった訳ですが、被相続人(父上)の意思表示により弟さんの具体的相続分は2000万円(B市の土地)とされ、弟さんの相続分1500万円は充足されてしまうので、残余の遺産(A市の土地建物)に対する取得分はありません。
七 以上のことを前提に、あなたは母上と弟さんの三人で協議なさり、協議ができなければ家庭裁判所に残余の遺産(A市の土地建物)について遺産分割調停の申立をされればよいでしょう。調停では、前記六の内容を前提として、A市の土地建物について話し合いがもたれます。弟さんがあくまでA市の土地建物の四分の一の取得を主張して調停が成立しない場合には、審判手続きに移行しますが、前記六の結論が審判でも決定されるでしょう。
弁護士 塩味滋子