生前父から借りていた土地を、その土地を相続した甥から明け渡せと言われた場合
私は、30年前に結婚したとき、父から実家の敷地内の土地の一部を借り、居宅を建てて今日まで住んでおります。
借りたときに、父から「いずれはお前のものになるのだから」と言われて、期間も決めませんでしたし、地代も支払わずに今日まできてしまいました。
父は、私の名義にしてくれないうちに亡くなり、実家の敷地は元々一筆の土地でしたので、後を継いだ兄が相続登記をしました。ところが、その兄も亡くなってしまい、後を継いだ甥が「無償で30年も土地を使ったんだから、もう建物を取り壊して更地にして明け渡してくれ」と言って来ました。
私の家は、まだ充分住める状態です。また、私方では、妻が交通事故により一級の身体障害者となり、私が介護しているので簡単に引っ越しすることもできません。
私は、甥の要求どおり土地を明け渡さなければなりませんか。
一 あなたは、甥に対して建物を取り壊して土地を更地にして明け渡す必要はありません。
その理由は、あなたには、その土地に対して居住用建物所有の目的の使用借権があり、使用貸借契約の終期は、まだ到来していないといえるからです。
二 あなたは、30年前に結婚を機に父親との間で居住用建物を所有する目的で、実家の敷地の一部の土地につき期限の定めのない土地使用貸借契約をとくに書類とすることもなく、口頭で締結したといえます。
三 この使用貸借契約とは、当事者の一方が無償で使用収益をなした後、返還することを約して、相手方から或る受け取ることによって成立する契約です。このような無償の契約は、親子、兄弟などの特定な関係にある人どうしの信頼関係にもとづいてなされる場合が多いのです。特に、土地や建物などの不動産について親子の間でなされる場合は、将来の贈与又は相続を予定してなされる場合が多いでしょう。
四 あなたは、父親との間で特に土地を返還する時期を定めていたわけではありませんが、30年も土地を借りているのですから、民法597条2項但書のように「使用収益が終わる以前であっても使用収益をなすに足るべき期間を経過しているので、貸主は直ちに返還を請求できる」といえるのではないか、ということが問題となります。
五 しかし、あなたは現にその建物に居住し、身体障害一級の妻を介護しているという事情があるのですから、引き続きその土地を建物所有目的で使用収益する必要が認められます。
六 また、使用貸借の目的土地は、当初父親の意思としては将来の贈与又は相続によってあなたに取得させようとしていたと推測できます。
そうであれば、単に期間が長期に及んだから、貸主から即時告知が出来るという法律の条文を機械的に当てはめて、即時明渡を求めてくるというのは、借主にとって酷に過ぎ、妥当ではありません。
七 以上の理由から、仮に甥が「長期間経過により使用貸借契約は終了した」として、建物収去土地明渡訴訟を提起して来たとしても、あなたに明け渡せとの判決がでる恐れは少ないでしょう。
八 しかし、だからと言って、使用貸借契約は、いずれ使用貸借の目的が終了すれば(例えば建物が朽廃したときなど)借主は、目的物(土地)を返還しなければなりません。
そこで、あなたの場合、父親の相続のときのいきさつがはっきりしないので何とも言いにくいのですが、元々はあなたの建物の敷地は「お前のものになるのだから」という父親の言葉から推測するに、贈与を予定していたのだとすれば、甥名義からあなたに贈与してもらうとか、又は、あなたが将来も安心してこの土地を使えるように、甥との間で「賃借契約を結んでおくことをお勧めします。
九 もし、甥との間で円満に話し合いができないようなら、簡易裁判所に民事調停の申立をして、調停の手続きの中で以上のような解決を目指すというのも一法です。
弁護士 塩味滋子