父から相続した農地に所有権移転請求権保全の仮登記が付されていた場合

私は、過日父が亡くなったため、他の相続人と協議の上、遺産分割を終えました。
ところで、私は自分の相続した土地について登記手続をすすめていたところ、私が相続した畑の一部五〇〇平方メートル上に昭和六二年ころ、市内で事業をしている甲さんの所有権移転請求権保全の仮登記が付いているのを発見しました。仮登記の理由は、農地法上の知事の許可を条件とするというものです。私は今日まで、何の懸念もなく他の農地と一緒にこの土地を耕作してきました。また、このことについて父は私に何も言い残してはおりませんでしたし、甲さんから異議を述べられたことは全くありませんでした。尚、この土地は、現在も市街化調整区域内にあります。更に調べたところ、固定資産税も売買契約時から父が支払っていました。
私はこの土地を相続記するにあたって、この仮登記を抹消したいと考え、仮登記名義人の甲さんに抹消をお願いしたところ、「その土地は自分がお父上から買ったのだ、しかし、市街化調整区域内なので農地転用ができなかったので、そのときから今日までそのままになっている。だから、今までどおりにしておいてくれ。どうしても仮登記を抹消しろと言うのなら、売買代金を返してもらいたい。代金額は現在の時価が当然です。」と言われてしまいました。
私としては、納得できません。金を一切支払うことなく仮登記を抹消してもらうことは、可能でしょうか。

一 市街化調整区域内の農地は、原則として知事の許可がなければ売買できません。知事の許可は、農業従事者にはおりますが、事業経営者の甲さんには原則として許可がおりないのです。

二 そこで、恐らくお父上と甲さんは、農地を宅地に転用する目的で、お父上から甲さんに所有権移転登記についての知事の許可を条件に、所有権を移転するという条件付の売買契約をしたのだと推測されます。

三 この場合、知事の許可が得られないので、この条件付売買契約では、お父上から甲さんに所有権移転登記はできません。そこで、甲さんは、所有権移転登記請求権保全の仮登記をしておいたのでしょう。

四 では、甲さんには、どのような権利があるのでしょうか。甲さんに何らかの権利があるとすれば、条件付で農地を売買したお父上は売主としての義務があり、その地位を相続したあなたは、売主としての義務を相続したことになります。

五 仮登記権利者の甲さんは、あなたのお父上に対し、農地法上の許可申請について協力せよという請求権と、将来何らかの事由で知事の許可が得られることとなったときには、完全な所有権を取得できるという権利があります。しかし、甲さんは、この権利を行使せず、仮登記のままに放置していたのです。
ところで、甲さんの農地法上の許可申請協力請求権は債権ですから、売買契約成立の日から一〇年を経過すると時効で消滅すると考えられます。買主の甲さんは、二〇年以上もお父上がその畑を耕作していることに全く異議も述べず、税金を支払わずにいたのですから、売主の相続人たるあなたは、農地法上の許可申請協力請求権が消滅時効にかかっているので、仮登記を抹消せよという訴訟を起こし、勝訴すれば判決により抹消できます。

六 他方、甲さんがあなたのお父上に売買代金を全部支払い済みで、これを証明してきたときには、あなたの時効の主張は、場合によっては権利濫用としてその主張が認められないことがあります。
そこで、お尋ねのような場合、訴訟では事案の経緯によって結果が変わることもあるので、まず、甲さんと一定額の金額の支払いと引き替えに抹消してもらうよう交渉をしてみることをお勧めします。どうしても交渉がまとまらないときは、訴訟による解決にならざるを得ないでしょう。

弁護士 塩味達次郎