火事を出したり無断増改築をした借家人との賃貸借契約を解除できるか

一 私は、自宅から十数キロ離れた私鉄沿線の駅前に、飲食店用貸店舗を持っています。賃借人は、賃貸以来賃料をきっちり支払ってくれるので、何の問題もない賃借人だと思っていました。ところで、数日前の早朝、この店が調理室から出火してしまいました。従業員はいなかったのですが、発見が早かったことから、直ぐに消防署がかけつけて、消火にあたってくれたので「ぼや」で済みました。しかし、店内は天井・壁・床すべて水だらけとなり、電気配線も使用不能となりました。

二 私は、火事を出すような賃借人には出ていってもらいたいと思っています。
火事が起こってから判ったことですが、賃借人は私の許可を得ることもなく、無断でいつの間にか、店の奥を外側へ少しだけ改造して拡張しているのが判りました。
火災の後始末の後、私は、消防署から建て増した部分は違法建築だから取り壊せ、と指示されました。

三 契約書には、このような場合の契約の解除事由として、①賃借人が火災を起こし建物が焼失したとき、②賃貸人の承諾を得ることなく増改築をしたとき、と記載されています。

四 火災による修理費は、すべて共済でまかなえることになりましたので、早速、建物の内装工事を業者に依頼して、修繕をすることになりました。

五 賃借人は、店を直ぐ再開しないと生活ができないと言って、早い修繕を要求してきました。私は、この要求に応じなければならないのでしょうか。

六 私としては、できればこの契約を解除したいと考えています。解除できるでしょうか。

一 お尋ねの場合、契約を解除できるかどうかの判断をするには、いろいろな問題があり、簡単には結論が言えないと考えられます。本件の賃貸借契約条項によれば、賃借人が火災を起こしても失火(全焼)の程度まで大火事にならなければ、解除できないこととされているようです。また、無断増改築も解除事由になっているようですが、お尋ねの増築がどの程度のものかによっても、判断が分かれると思われます。

二 この度の火災が、幸い大火事にならなかったのはよかったと思いますが、却って解除を妨げる理由となっています。はっきり言えば、契約条項では賃貸人に不利、賃借人に有利な契約となっていることが原因です。
そもそも賃貸借契約では、賃借人が火災を出せば、重大な利用方法の違反と言えるのですから、大小に関わりなく契約解除事由にしておくべきです。更に言えば、本件の契約書に失火について何も記載されていなければ、賃借人の利用方法の違反を理由にして、契約の解除が可能になる場合があります。
その点でこの契約書は、賃貸人にとっては不利な内容のものと言わざるを得ません。

三 無断増改築の点については、賃借人の責任は明白です。また消防署からも増築部分を取り壊せと指示されているのですから、取り壊させることはできるでしょう。しかし、この無断増改築を理由として、契約解除までできるかは断言できません。増築の規模が賃借建物部分に比して小さく、また取り壊しにもさほど費用がかからないことが明白で、賃借人が取り壊すことを同意し実際に取り壊したりすると、解除はきわめて困難になると考えられます。借地借家法はこのような場合、借家人保護の立場から、解除までは認めないと考えられるからです。

四 あなたとしては、借家人の立場が弱くなっているこの際、契約書の書き換えを提案し、①火災を起こしたときは「その大小に拘わらず」、②無断増改築をされたときは「その規模の大小を問わず」、いずれも契約を解除できる、とする条項に変えるようにすべきです。

五 一般に賃貸借契約を締結するときには、誰もあまり真剣に契約書を見ずに契約を結び、事件が起こってから、はじめて真剣に契約条項を読んで悩むというのはよく聞く話です。契約書の文言は、契約を結んだ当事者を拘束するものですから、契約を結ぶときには、契約内容をしっかり点検すべきです。

弁護士 塩味 達次郎