母が認知症で弟が行方不明の場合の遺産分割
一 私は父親が死亡して四十九日も過ぎたので、相続の話し合いをしようとしています。母は健康ですが痴呆状態のため特別養護老人ホームで暮らしております。私の兄弟は弟と妹の三人です。妹は結婚して近隣の市内で暮らしています。弟は高校卒業後外国を放浪してくると言って、最初は三ヶ月間ほど東南アジアに出かけ帰ってきました。その後は定職に就くことなく五・六ヶ月アルバイトをして金を貯めては半年くらい外国に放浪の旅に出るようになりました。このような生活を繰り返し、四十歳近くになっても冢を持つこともせず過ごしています。最近二年間は外国に出かけたまま連絡も一切なく音信不通の状態で、どこにいるか分からない有様です。
親や私達は。あまりに勝手気ままに暮らしているので、弟のことはあきらめていてどうなってもしようがないと思っています。
二 父は高齢になっても元気で意識もしっかりして生活していましたが、過日突然倒れ直ぐに亡くなってしまいました。遺言もしていません。父の死後、父名義のアパートの冢賃は賃借人から振り込まれていますが、家賃を下ろして使うことも出来なくなり困っています。相続手続きはどの様にしたらよいのでしょうか。
一 相続の開始が起こったときは、相続人と相続財産の確定をしたうえで、遺言があれば遺言に従い、遺言がなければ相続人問で相続分割について協議し分割するのが一般的です。相続人は相続分割にあたり法律行為能力がなければなりません。また、相続人は現実に連絡が取れて協議に参加しなければなりません。
二 お尋ねの場合は、母親は痴呆とのことですから、相続分割の協議に参加できません。弟さんは音信不通で連絡が取れないようですから、同様に協議に参加できません。いずれにしても相続分割の協議は容易ではありません。
三 母親については、まず家庭裁判所に成年後見の申し立てをして後見人を指定してもらう必要があります。後見人には療養看護など被後見人の生活面で支援をするのであれば長男である貴方が就任するのが妥当ですが、相続分割の協議となると利益相反することになりますので、母親の兄弟か甥姪が妥当でしょう。親族の中で適当な方がいないときは法律の専門家が指名され就任します。そして、母親の代わりに分割協議に参加することになります。
四 弟さんの場合は、やはり家庭裁判所に不在者の相続財産管理人選任の申し立てをして管理人を指名してもらうことになります。このときは初めから法律の専門家が指名されます。
五 これらの手続きを終えて、ようやく貴方、妹さん、母親の成年後見人。および弟さんの相続財産管理人の四人で遺産分割協議を行うことになります。この場合遺産分割に当たっては、裁判所の選任した後見人と管理人はそれぞれ法定相続分を主張することになります。ですから貴方としては妹さんとだけ分割の割合について話し合いが出来ることになります。
六 弟さんの相続分については将来弟さんの身がどうなるかによって違いが出ます。弟さんが帰岡して連絡がとれた時には、相続財産管理人は弟さんに管理している財産を引き渡して任務終了となります。弟さんが七年以上生死が不明のとき。貴方や妹さんは家庭裁判所に失踪宣告を申し立て宣告をしてもらって、次ぎに財産管理人の職務を終了してもらい、あらためて貴方と妹さんの二人で弟さんの財産について相続分割を行うことになります。
七 いずれにしても、貴方の家庭のような事情のある場合は、あらかじめ遺言をしておくことが肝要です。遺言があれば上記の様な面倒な手続きはとらずに相続手続は出来ますし、仮に遺留分侵害の問題が生じてもその問題を解決するだけで処理が終わります。
八 相続が近い将来予想される人は、今は毎日元気で生活ができて何の問題もないと考えられるときこそ。来るべき相続の準備をしておくことが後々相続人を悩ますことのないスムーズな相続が行われることになることを考えておくべきです。
弁護士 塩味達次郎