未払い残業代の請求について
一 私の息子は、昨年四月から都内の社員十人ほどのソフト作成会社で正社員のシステムエンジニアとして働いています。息子はこの会社に入社するとき会社と労働契約書を取り交わしました。勤務時間は原則午前九時から牛後六時まででそのうち休憩時間が一時間です。また変形労働時間制の定めがありました。仕事の内容は、会社が指示した各種ソフトの製作ということで、給料は月三十万円、ボーナスはなしという条件でした。就職環境が厳しい中で正社員として就職できたことで息子は張り叨って通勤し始めました。
二 仕事に就いてみると勤務時間が長く帰宅時間か遅い日が続きました。発注先との打ち合わせ、発注先訪問、製作、会議など通常牛後九時ころまで仕事をしなければ終わらず、なかなか帰れない雰囲気のようです。残業時間は三~四時間はざらで、ひどいときは深夜まで働いていたことがあるようです。他の社員は発注先に立ち寄ってきたとか言って、十時、十一時に、ときには昼頃来たりしていて、会社と社員の双方が時間に対する観念が緩い状態です。この会社にはタイムカードはなく、社長が適宜チェックを付けている状態です。
三 息子は、入社以来何時に出勤して何時に退社したか手帳につけています。これをもとに毎日パソコンで業務日報を書き、毎日それを会社に提出していました。しかし、残業代が支払われたことはありませんでした。それでも息子は仕事に対する意欲と責任感で仕事を続けて来たようです。
四 会社は最近になって売り上げが落ちてきて、会社経営が厳しくなってきました。社員は皆、会社の経理状態をおおよそ判っています。最近社長は社員の給料を全員五パーセント減額しなければ会社がやっていかれないので了解してくれと言い出しました。
五 息子は、入社以来の長時間勤務を考え残業代も支払ってもらってないことを考えると給料の減額には納得がいきません。息子は、仕事は面白いので続けたいがその場合減額に応ぜざるを得ないのか悩んでいます。他方、この会社を退職してもいいと考えるようになりました。その場合、今までの残業代を請求したいと考えています。そのときに残業代を支払ってもらうにはどうしたらよいでしょうか。
一 お尋ねのような場合、息子さんは勤務先の会社の本社住所地を管轄する地方裁判所に労働審判の申し立てることをお薦めします。息子さんが会社に対して残業代を請求できることは当然ですから裁判所は会社に残業代の支払いを命ずる決定をしてくれます。
二 労働審判制度は、労働者と事業者との間に生じた個別の労働関係の民事紛争に関し権利関係を踏まえつつ紛争の実情に即した迅速かつ実効的に解決を図ることを目的とした制度です。審理は裁判官である労働裁判官と労働関係に関する専門的な知識経験者を有する労働裁判員二名で組織する労働審判委員会で行われます。原則として申立をした日から四十日以内に第一回期日が指定され、三回以内の期日で審理を終結します。ですから事件は早期に終了します。審理は非公開ですから社長と経営に関与している人しかわかりません。息子さんは、残業の事実を日々パソコンで打ち込み業務日報を会社に提出してきたのですから証拠として認められます。残業代を受け取るにはこの制度を利用することをお薦めします。しかし、現在の会社の状況を考えると、裁判所で労働審判手続きを取りながら、会社に在籍して通常業務を続けることは事実上難しいと考えます。
三 次に、会社に継続して在籍しながら五パーセント減額に応じないことができるかについてお答えします。会社の経営状態が悪化してきたとき会社が存続するためには経費を削減することしか方法はありません。人件費である給料五パーセントの減額に合理性があれば労働契約条件の変更に社員は応ぜざるをえません。
四 息子さんは、残業代を獲得して退職するか、減額に応じて勤務を継続するかいずれかを選択するしかないと考えます。
弁護士 塩味達次郎