期間の定めのある建物賃貸借の期間満了による明け渡し請求
私は、四年前から私達家族が二階に住んでいる家屋の一階店舗部分を、期間を二年間として甲に賃貸し、二年前には合意更新しました。しかし、七ヶ月前に、東北の実家で一人暮らしをしていた母が交通事故で大怪我をし、車椅子の生活をせざるを得なくなりました。年老いた母に一人暮らしをさせる訳にもいかないので、私は甲に貸している一階の店舗部分を明渡してもらい車椅子でも生活できるよう改造して母を引き取ることに決めました。
そこで半年以上前に甲に対し「契約は更新しないから、立ち退き料と引換に店舗部分を明け渡して欲しい」と口頭で言っておきました。ところが甲は、私が更新しないと申し入れてあるにも拘わらず、「そんな話は聞いていない」と言って、期間が終了しても明け渡してくれません。甲から店舗を明け渡してもらうにはどうしたらよいでしょうか。
一 あなたと甲さんとの店舗賃貸借契約は期間の定めのある賃貸借契約です。契約時期が四年前ですから、平成四年八月一日から施行された借地附家法第二六条の適用があります。つまり、賃貸人が期間の満了の一年前から六ヶ月前までの間に、賃借人に対して更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなされてしまうのです。これを法定更新といいます。
二 あなたは、期間満了の半年以上前に甲さんに対し更新しないと口頭で言ったとのことですが、借地借家法第二六条は「更新をしない旨の通知」と規定しておりますので、更新しない旨の意思表示が甲さんに到達しないと、法的効果は発生しません。甲さんは「そんな話は聞いていない」と言っているのですから、水掛け論となり、更新拒絶の通知が法律どおりに一年前から六ヶ月前までの間に甲さんに到達したことを証明できない不利益はあなたが負うことになります。従って、あなたと甲さんの借家契約は法定更新されていることになります。但し、法定更新後の賃貸借は期間の定めがない契約となります(借地借家法第二六条一項但書)。
三 法定更新後の期間の定めがない借家契約については、借地借家法第二七条・第二八条により、賃貸人に明渡を求める正当事由が具わっていれば、いつでも解約申し入れができるようになります。この場合、借家契約は解約申し入れの日から六ヶ月経過した時点で終了します。
四 そこで、あなたとしては、法定更新後できる限り早く、甲さんに対し、自己使用の必要性が大きい事情を具体的に説明し、更に明渡を求める正当事由を補完するために、相当額の立ち退き料の提供を中し出る解約申し入れを配達証明付内容証明郵便で発信することが必要です。これは将来、解約申し入れをした事実と時期を甲さんが争ってきたときの大切な証拠となるからです。右の申し入れが甲さんに届いた後、六ヶ月経過時に契約は終了することとなります。
従って甲さんが六ヶ月経過時を以て、任意に明け渡してくれればよいのですが、仮に甲さんが契約の終了を争い明け渡してくれない場合には、あなたは簡易裁判所に家屋明渡の調停を申し立てて、調停手続の中で甲さんと話し合うことができます。もし、甲さんとの間で明渡等の合意が出来れば、調停を成立させることが出来ます。この場合は調停調書は判決と同じ効力を持ち、もし甲さんが調停で決まった約束を守らなければ明渡の強制執行ができるようになります。
五 簡易裁判所での調停が不成立となった場合や又は調停手続を経ずに直ちに地方裁判所に家屋明渡の裁判を提起した場合、裁判所は、先ず第一にあなた(家族や親族を含む)と甲さんの双方の建物使用の必要性を比較衡量するのは勿論、更に、双方の家族構成、職業、資力、年齢、健康状態、契約の従前の経過、建物の利用状況、建物の現況、借家人の転居先の有無、調停手続も含めた立ち退き交渉の経過、提示された立ち退き料の金額や賃料の免除の申し出等全ての事情を勘案して、あなたが明け渡しを求める正当事由があるか否かを判断することになります。その結果、あなたに明け渡しを求める正当事由があると認定されれば、甲さんに明渡を命ずる判決を得ることができます。
弁護士 塩味滋子