建物の賃貸借契約と原状回復義務

私は貸家を数軒所有し、賃貸しています。私は、賃貸偕契約するときそれぞれ敷金として家賃の二ヶ月分を預かっています。また賃貸契約書には賃借人が家屋を明渡す時には賃借時の原状に復して返還することと定めています。このたび賃借人の一人が勤め先の事情で転勤ということになり、「三月末には借家を返還したい。返還時には敷金全額を返して欲しい。」と言ってきました。私は、契約の解除に異論はないのですが、敷金については、家屋の内装の補修を済ませ、修繕費を控除して清算した後でなければ敷金を返還できないと考えていましたので、「清算がすむまで敷金の返還は出来ない。」と答えました。すると賃借人は、「それはおかしい。敷金は賃料の延滞とか、賃借人に債務不履行があったときにそれを担保するために差し入れるのであって、現在ではそれ以外に使うのは認められない。」と言うのです。私はいままで貸家の賃貸借契約で敷金を入れてもらったときは、賃料の延滞のときは当然賃料に充当していましたし、契約を解除して明渡してもらうときは敷金から修繕費用を充ててきましたので、このたびの賃借人の言い分は到底納得出来ません。私はどうして賃借人がこのようなことを言うようになったのか訳が分かりません。何か賃貸借契約について法律の変更かあったのでしょうか。私は賃借人の言うとおり家屋の明渡時には敷金を全額返さなければならないのでしょうか。

一、家屋の賃貸借契約における敷金は、賃借人の賃貸借における債務を担保するために。賃借人が賃貸人に契約締結時に差し入れるものです。従って賃貸借契約終了時に賃借人の債務が残っているかどうかを調べ、債務があればこれを控除して残額を返還するのが当然です。その債務の中に、賃借人が家屋を利用してきた間に家を損耗した部分の修繕費を賃貸人と賃借人のどちらがどのように負担すべきかが考え方の分かれ目となるのです。

二、従来、賃貸人が家屋を賃貸していて、返還を受ける時には、賃貸期間中に生じた傷や破損はすべて賃借人の負担であるとして、明渡後、壁紙の張替え、畳表の取替え、柱や壁の傷の補修、甚だしくは釘穴の補修まで、賃借人の費用で修繕し、敷金からこれらの費用を控除し更に不足があれば追加して請求するという取扱いでした。しかし、今日では賃借人が、これに異議を唱え、賃借家屋の通常の使用によって生ずる家屋の損耗は賃貸人の負担であるとして、敷金全額の返還を求める傾向が強くなってきています。

三、平成一〇年一一月二六日京都地方裁判所は賃借人から賃貸人に対する敷金・保証金返還請求事件について、「賃貸借は賃料を支払い賃貸借物件を使用するものである点に鑑みれば、通常の使用を継続しその間にいわゆる経年劣化の範囲内のものまで賃貸借契約当初に帰り原状回復義務を負担するものでないところ、…(途中省略)…賃貸人主張の補修場所のほとんどはいわゆる経年劣化の域を出ず。(問題となっている)冷蔵庫使用場所付近の汚れもその規模に鑑みればそのことのみにより独立の補修義務を課するのは相当でない。」として、賃借人の主張を認める判決をしました。以後同様の判決が言い渡されるようになり、敷金・保証金をめぐる状況は変化してきています。

四、国土交通省も平成十六年二月の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(改訂版)」において、①建物・設備等の自然的な劣化・損耗(経年変化)、及び、②賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)についての修繕費用は家主が負担すべきとしています。すなわち賃借人に負担を求められるのは。賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超える使用による損耗等をして家屋を毀損したときに限られるのです。

五、現在、このような考え方が支配的になっていることを踏まえ、あなたとしても。賃借人と損耗している箇所をよく検討し、負担割合を話し合いで決定すべきでしょう。どうしても話し合いが成立しないときは簡易裁判所に調停の申立をして調停手続の中で決めてもらうことになるでしょう。

弁護士 塩味達次郎