家賃を滞納した賃借人が一定期間不在のときは、遺留品を処分できるとする特約の効力
私は、アパートの一室を甲に賃貸しました。賃貸借契約書には、「賃借人が賃料を2カ月以上滞納し、又は無断で2カ月以上不在のときは、本契約は何らの催告を要せず解除され、室内の遺留品の所有権は放棄されたものとして、賃貸人は遺留品を売却処分し、債務に充当することができる」との条項が入っています。
ところが、甲は4カ月前から家賃を支払わなくなりました。
そこで、貸室に家賃の請求に行ったところ、郵便受には新聞や手紙があふれていて、電気・水道・ガスは止められていて、全く人の住んでいる気配がありません。
私は、昼夜を問わず、何回かドアの外側から声をかけましたが、何の反応もありませんでした。そこで、やむなく不動産屋と一緒に、合鍵を使って中に入ってみました。すると、部屋の中には、家財道具や衣類等が普通に生活しているような状態のままでおいてあり、特に変わった様子はなく、借家人の甲もいませんでした。私と不動産屋は、幾日かたってまた部屋の中に入ってみましたが、変化はありませんでした。
そこで、借家人の身内の者と連絡をとってみましたが、連絡がとれませんでした。
私は、このまま家賃が入らないのでは困りますので、不動産屋と相談した結果、もう誰も居ないのだし、家賃も4カ月たまって延滞していることから、自動解除になっていることだし、部屋をきれいにして、次の人に貸した方が良いと考え、部屋の中にあった荷物、家財道具や洋服などを全て粗大ゴミとして処分し、修繕をして次の入居者を入れてしまいました。
ところが、その後間もなく、甲が怒鳴り込んできました。甲は「外国旅行に行っていて、帰ってきたら借りていた部屋に別の人が入っていて、自分の荷物がなくなった。損害賠償しろ」と言うのです。
私には、甲の損害を賠償する責任があるのでしょうか。
一 「賃料2カ月の滞納又は2カ月以上の不在により直ちに契約解除となり、賃貸人は室内の遺留品を売却処分できる」旨の特約は、賃貸人の自力救済を認める条項です。
二 しかし、自力救済は、法治国家である我が国では、原則として禁止されています。
三 自力救済が許されるのは、法律に定める手続によったのでは権利に対する違法な侵害に対して現状を維持することが不可能又は、著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合において、その必要の限度を超えない範囲内でのみ許されるに過ぎないというのが判例です。
四 入居者が所在不明と考えられるような状態となったとき、即ち相手方の所在を知ることが出来ないときは、公示送達という手続をとって、法的に確実に契約解除の意思表示を到達させた上で、明渡を求めることになります。従って、あなたは右のような方法を採るべきでした。
但し、本件のようなアパートの所在不明の賃借人に対しては、明渡の法的手続の遅延を避けるため、法律は貸室の明渡請求を求める訴状に、契約解除の意思表示をする旨の記載をしておけば、その訴状が裁判所の掲示場に掲示されてから二週間を経過したときに、契約解除の意思表示及び明渡請求の訴状が賃借人に届いたものとみなされます。
ですから、あなたは明渡の勝訴判決を得て、強制執行手続により明渡手続をしなければなりませんでした。従って、賃借人甲が賃料をため、更に無断で2カ月以上不在だからといって、特約条項を根拠に甲の所有物を廃棄処分したのは、以上のような法的手続をふんでいない以上、違法ということになります。
あなたは借家人とよく話し合いの上、借家人の損害と考えられるものを賠償せざるを得ません。
五 借家人が突然居なくなったからといって、便宜的な解決は後になって思わぬ逆襲に遭いかねません。ここは費用がかかっても、裁判所を通じた合法的な処理が、安心で安全な解決策だと考えられます。
弁護士 塩味達次郎