名前も知らない人に賃貸マンションの一室を占拠されてしまった場合の明渡請求

私は、賃貸用のマンションを所有しています。そのうちの一室を居住用に無断転貸禁止の特約で、甲という男に貸しました。
甲は、最初の2カ月位は家賃を振込んできましたが、3カ月目から振込んでこなくなりました。その後も、甲からの家賃の振込みはなく、滞納は5カ月になってしまいました。
そこで、私は甲に対してマンションの住所宛に、内容証明郵便で未払い賃料を1週間以内に支払うよう催促すると同時に、同期限までに支払いのないときは、契約を解除するという通知を出し、この内容証明郵便は、翌日甲に届きました。ところが、甲は催促期限までに、家賃の支払いをしませんでした。
やむなく私は、明渡しを求めるため状況を調査しようと、甲に貸しているマンションに行ってみたところ、甲はおらず、以前はあった玄関脇の甲の表札は外されていました。私は、隣家の住人等に尋ねたりして、甲の行方を探しましたが、どうしても行方はわかりませんでした。
その1カ月後に、再びマンションに行ってみたところ、目付きの鋭い全く知らない男達数人が出入りしていました。名前を聞くのも恐ろしいような雰囲気でしたので、私は何も聞くことが出来ませんでした。
しかし、このままでは家賃は入らないし、知らない男達にこの貸室を占拠されたままとなり、私は困っています。どうすれば、この貸室の明渡しをさせることが出来るでしょうか。

一 あなたが甲に貸した筈のマンションの貸室から甲は居なくなり、いつの間にか名前のわからない男達が出入りしているとのことですが、さぞ驚きのことでしょう。通常のケースでは、現に居住している人が判っているので、あなたが原告となって不法占拠している者を被告として建物明渡請求訴訟を提起し、勝訴判決により明渡しの強制執行をすればよいのですが、お尋ねの場合、不法占拠者が氏名不詳のため、誰を被告とすべきかわからない状態です。そのような名前のわからない男達に、明渡しを求める裁判を起こしたくても、そもそも名前がわからないのですから、裁判の起こしようがないように見えます。
しかし、後記三以下のとおり法的な手順を踏んでいけば、明渡しを実現することができます。

二 一般的に貸室の明渡しの強制執行をするときに、判決文の占有者と執行時の占有者が変わっていても、強制執行が出来なくなることを防止するための手続きとして、占有移転禁止の仮処分という方法があります。
例えば、占有者が一旦は乙と判明していたので、乙を被告として明渡しの裁判を起こしても、裁判中に乙から第三者に転貸されると、乙に対する判決はその第三者に効力が及ばない為、その第三者に対しては明渡しの強制執行は出来ず、改めて、その第三者に対し明渡しの裁判を起こさなければなりません。
このような不都合をなくすため、現在の占有者に対して占有を移転することを禁止する仮処分により、占有関係を固定させ、将来の貸室の明渡執行を可能とさせるのです。しかし、これは現に住んでいる人の氏名がはっきり判っている場合なのです。

三 ところで、本問のケースのように、不動産の占有者が入れ替わる悪質な執行妨害に対する対策として、あなたは裁判所に占有移転禁止仮処分命令の申立が出来るのです。

四 本件の場合、貸室を占有している男達の名前がわかりませんので、あなたは、先ず裁判所に対し、名前のわからない男達を相手側(債務者)として、「債務者を特定しないで発する占有移転禁止の仮処分命令の申立」をして、その旨の仮処分命令を得、執行官に占有移転禁止仮処分の執行申立をします。
執行官が甲のマンションに赴き、この仮処分執行をなし、その旨の公示がなされ、マンションの占有者に氏名を問い質すことにより当該占有者を特定できれば、この者が債務者となります。

五 そこで次にあなたは、仮処分執行により氏名が特定できた男達を被告として、建物明渡しの判決を得れば、貸室を不法占拠している男達に明渡しの強制執行をすることができるのです。仮に、裁判中に更に第三者に占有者が移転されても、仮処分の執行後に当該係争物を占有した者は、仮処分執行がされたことを知ってその物を占有した者と推定され、その者に対しても明渡しの強制執行が出来るのです。

弁護士 塩味達次郎