加害者が自賠責保険にしか加入していなかったためケガの治療に国保を使った場合について
私は、買物に行った帰りに、あいにく小雨が降り出したので、渋滞している車の間から反対側に渡ろうとして左右を見ずに飛び出したため、自動車と衝突し、全治2か月の怪我をしてしまいました。
事故の場所は交通量の多い国道で、付近には横断の為の歩道橋が設置されていますが、横断歩道はないところでした。
一 加害者は、「お金がないので自賠責保険にしか入っていない。治療には国民健康保険を使ってくれ」と言ってきました。交通事故なのに、国民健康保険を使えるのでしょうか。
二 加害者は、道路に飛び出した私の方に過失があるから、損害賠償責任はない、と主張しています。私の場合、入通院治療費が、国民健康保険の自己負担分を除き、200万円となりましたが、加害者は自賠責保険にしか入っていません。私の被害の損害賠償請求はどうしたら良いですか。
一 交通事故の場合でも業務外の事故であれば、国民健康保険により治療を受けることができます。本件の場合、加害者に支払能力がなく、任意保険にも入っていないこと、また、事故があなたの側に過失の大きい飛び出しで起こったというのですから、過失相殺された結果、あなたが受け取れる損害賠償の総額は、過失割合によって減額されることが予想されます。そこで、治療には国民健康保険を利用し、その他の損害の賠償として自賠責保険金を請求した方が、以下に述べるとおり金額的には有利ということになります。
二 国民健康保険による医療給付が第三者の加害者の行為によって生じた場合には、その医療給付をした範囲内で、国民健康保険の保険者(市町村長)は、あなたに、代位して、医療給付(治療費)分の損害賠償請求を自賠責保険に対して行使できることになります。
本件の場合、自己負担分を除いた治療費は200万円かかったとすると、自賠責保険の限度額120万円を治療費だけで超えてしまうことは明らかです。こうなると、自賠責保険への請求は、あなたか市町村長かの早い者勝ちとなってしまいます。
三 それでは、被害者保護という自賠責保険の趣旨に沿わないことになりますから、平成20年2月19日最高裁判決により、被害者が医療給付を受けてもなお、てん補されない損害がある場合、被害者は、市町村長に優先して、自賠責保険金額の限度で支払を受けることができることになりました。
即ち、あなたが、国民健康保険により、200万円の医療給付を受けた場合、保険者たる市長村長は、医療給付をした200万円の内、120万円について自賠責保険に対し請求権を代位取得することになります。しかし、あなたのその他の損害(例えば国民健康保険の自己負担分や、慰謝料や休業補償など)が、更に250万円あると仮定すると、自賠責保険に対する請求はあなたの方が優先するので、損害額250万円の内、120万円までは優先的に自賠責保険から支払を受けられることになります。
四 ところで、あなたは、道路の左右安全確認をしないまま、急に道路に飛び出したということです。このように被害者側に過失があれば、損害賠償額が過失相殺されるのが原則です。
この過失相殺率は、種々の事故類型ごとに適用される過失割合に応じて、数値化されております。あなたの場合、過失相殺率は、概ね20~30パーセントの割合とされますので、損害賠償額が20~30パーセント減額されるのが裁判例です。そして、更に具体的な事故態様や実際の道路状況や、結果回避義務を加害者側が尽したのか否かなどにより、更に細かい過失割合に応じて過失相殺がなされることになります。
判例としては「幅員7メートルの道路を横断歩道以外の場所で、反対側にいる友人から呼びかけられ、停車車両の陰から突然飛び出した被害者(7歳の女子)が加害車と衝突した事故のケースで、被害者が道路の左右安全確認を怠ったとして、35パーセントの過失相殺を認めた」事例があります。
五 あなたのように飛び出しという被害者側の過失がある場合、本来なら過失相殺によって控除されてしまう筈の医療費が国民健康保険から支払われるので、結果的には、受け取れる自賠責保険金額が多くなりますので、有利となります。但し、自賠責保険においては、被害者に重過失(七割以上の過失)がある場合には、自賠責保険金が減額されますし、その減額方法も民法の過失相殺とは異なります。
六 加害者に対する損害賠償請求の方法ですが、示談交渉や交通事故調停の申立、交通事故による損害賠償請求訴訟を提起するなどの方法があります。
弁護士 塩味 達次郎