借家人に対する滞納賃料や修繕費用の請求について
私は、賃貸マンションや貸店舗を持っておりますが、最近不心得な賃借人が多く、対処に苦慮しております。次のような賃借人に対し、どのように対処したら良いでしょうか。
私が店舗を貸している賃借人甲は、当初は家賃をきちんと払ってくれていましたが、商売がうまくいっていないらしく、二、三年前から1か月遅れ、2か月遅れと段々支払が滞り、最近では3か月に一度ぐらいしか支払ってくれず、滞納賃料は全部で8か月分となってしまいました。私としては、もう甲に出て行って欲しいのです。また、滞納賃料も分割でもよいので払ってもらいたいのです。
一 賃貸借契約は、賃貸人と賃借人との信頼関係によって成り立つものです。賃借人甲の賃料滞納額が増えて、とうとう8カ月分の滞納となってしまったわけですから、あなたと甲との賃貸借契約における信頼関係は完全に破壊されていると言えます。
二 そこで、あなたとしては、甲に対し、信頼関係破壊を理由として「○月○日までに滞納賃料全額を支払え、もし、右期限までに支払がない場合には賃貸借契約を解除する」という意思表示を配達証明付内容証明郵便で行います。そうすれば、甲からの支払がないまま催告期間を徒過すれば、賃貸借契約解除の意思表示は効果を生じ、あなたは甲に対し明渡請求権を取得します。
三 その結果、あなたとしては、以下のような方法で甲の明渡しと滞納賃料の支払を求めることができます。①甲との話し合いで、明渡しと滞納賃料の分割払いを要求する。この場合、話し合いがついたら合意書を取り交わしておくべきです。また、②直ちに簡易裁判所に借地借家調停の申し立てをなし、調停手続の中で話し合い、例えば「○月○日までに明渡す」とか「○月○日から○月○日まで分割で払う」などの合意ができれば、それを調書にしておくこともできます。調書にしておくメリットは、甲が約束を守らないときには強制執行ができることにあります。③最終的にどうしても話し合いがつかなければ、建物明渡請求等の訴訟を提起して、勝訴判決により建物明渡や差押の強制執行をして建物明渡や滞納賃料の取立をすることができます。
四 尚、甲が賃料を払わないからといって、あなたが合鍵で甲の部屋のドアを開けて甲の家財道具を引き揚げたり、甲の荷物を勝手に処分したり、勝手に甲のドアの鍵を替えて甲が部屋に入れなくするなどの行為は、自力救済となり、違法行為となります。賃貸人がこのような自力救済をした結果、賃借人に損害が発生すれば、賃貸人が損害賠償義務を負うことになりますし、住居侵入罪等の刑事問題も起こりますから自力救済はおやめください。
賃借人乙は、私の賃貸マンションに入居して10年の間に酒を飲んでは暴れ、夫婦げんかが絶えなかったのですが、最近退居しました。ところが室内を見たら、サッシュのガラスが割れているし、壁はげんこつで穴をあけられたり、あちこちのボードが凹んでいるだけでなく、壁クロスも液がかけられていたり、汚れていたり、破られていたりで、全面的に張り替えなければならないようなひどい状態であり、またフローリングの床や畳には五十カ所以上のタバコの焼けこげがあり、とてもこのまま次の人に貸すことは出来ないので修理したところ、修理代は預かった敷金より高くなってしまいました。そこで、不足分を乙に請求したところ、乙は「賃料不払いがなかったのだから敷金を全額返せ」と主張しています。乙の主張は通るのでしょうか。
一 乙の主張は通りません。乙は賃貸借契約が終了した時には、自分が設置した物を取り除いて賃借物件を原状に回復して、あなたに返還すべき義務があります。但し、原状回復といっても経年相応に古くなった物を新品に取り替える必要はありません。経年変化や自然の劣化・損耗による価値の目減り分は、賃料によって補われているとみられるからです。判例では、「畳、襖、障子、じゅうたんの損耗及び汚損、自然の結露によるクロスの汚れ」を自然損耗と認定されています。
しかし、賃借人の善管注意義務違反や賃借人として許される通常の使用を超える使用によって棄損・汚損が生じたときは、その修繕費用は賃借人の負担となります。
本件の乙の場合、通常の使用による自然損耗と見ることはできませんから、乙は修繕費用を負担すべきです。
二 また賃貸人が敷金から控除できるのは、賃貸借終了後に建物明渡義務履行までに生じた賃借人の賃貸人に対する一切の債務です。例えば、未払賃料や、賃借人の故意や過失によって生じた損害賠償額、更に原状回復義務に違反した場合の損害賠償額などです。
三 本件の乙の場合、破損したガラスの修繕費、棄損したボードの貼り替えと汚損したクロスの貼り替えの修繕費、タバコの焼けこげのある畳やフローリングの修繕費は、乙の故意過失による損害ですから、当然敷金から差し引けます。敷金だけでは不足する場合には、その請求額により、60万円以下であれば簡易裁判所の少額訴訟を、140万円以下なら簡易裁判所に、140万円を超えるなら地方裁判所に損害賠償請求の訴えを起こすことも可能です。また、簡易裁判所の調停で話し合うことも可能です。
弁護士 塩味滋子