任意後見契約について

一 私の父は.80歳代で健康が衰えているため、現在介護施設に入所しています。父は意識がはっきりしており、物事の判断能力もあります。毋は健康で日常生活に支障がないため、私達と一緒に暮らしています。

二 我が家の資産は父名義の土地建物と預貯金ですが、他に銀行からの借入金もあります。つまり財産は殆ど父のものなのです。しかし、事実上は私が不動産と銀行預金出し入れと借入金の返済など全て父の代わりに行ってきました。

三 過日父の病気が一時悪化して意識を失うという事態が起こりました。その時、私は家業の仕事上急に金が必要な事態が生じたため、銀行に金を下ろしに行ったところ、銀行員が急に父の意思を確認しないと下ろさせない言い張って下ろせませんでした。私はその時金繰りに大変な思いをしました。

四 その後父は無事に意識を回復し判断能力も十分ある状態となったため、銀行員が面会して意思確認の後、金を下ろすことができました。私はこのままでは今後も父に何か異変が起こったときには同様に困った状態になると考えました。どうしたらよいでしょうか。

五 また今回の事態を乗り越えて、私は今後の父の相続のことも考えておかなければと思うようになりました。その際の対策はどうすべきでしょうか。

一 父親の意識は清明で判断能力はあるが、病弱のため家庭での介護が困難となり、介護施設に入所しているケースはよくあることです。ただし、事業や財産が全て父親名義のままで、事業運営や預貯金管理は息子がやっているというのはご相談にあるように父親の病状により判断能力が衰えたり失われたときには財産関係の処理ができなくなってしまいます。

二 お尋ねの場合も、銀行との取引上通常出し入れしている金額の範囲内であれば、何の問題もなく下ろすことができたのではないかと思います。しかし、その範囲を超えて預金を下ろすとなると、急に銀行から警戒されて本人の意思確認をすると言い出されてしまうのです。

三 お尋ねのような場合、貴方は父親と任意後見契約を結んでおくと良いと思います。任意後見契約は本人(父親)が判断能力を有している間に精神上の障害により判断能力が失われた状況になったときに任意後見人に代理権を与え、家庭裁判所が選任する後見監督人の下で被後見人の代理人として事務処理をおこなわせることや被後見人の保護をおこなわせることができるという制度です。

四 任意後見契約は、本人が正常な判断能力を有しているときに任意後見人との間で後見契約を締結するものです。内容は本人に精神上の障害が生じ判断能力が不十分になったときに本人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務について、後見人に代理権を付与する契約で。任意後見監督人が選任されたときから契約の効力が生ずる旨の特約を付したものです。契約の方式は公証人の作成する公正証書によることが必要です。更に任意後見契約が登記されていることが必要です。

五 任意後見契約の締結や登記手続き、後見監督人の選任等技術的にはやや難しい点がありますので法律専門家に相談した方が良いでしょう。

六 任意後見契約が登記されている場合に、本人の判断能力が不十分な状態となったときは、本人、配偶者、四親等内の親族または任意後見受任者は、家庭裁判所に対し、任意後見監督人の選任を申し立てることができます。そこで後見監督人が選任されると任意後見人が開始されることになります。こうしておけば混乱は避けることができます。

七 相続が開始したときについてのお尋ねにお答えします。被相続人が生前中は仲の良かった親族が争うことは考えたくありませんが十分あり得ます。そこで父親の意識が清明で判断能力がある内に遺言書を作成してもらうべきです。遺言書作成にあたって父親の意思もはっきりするので貴方としても覚悟を決めて今後の生活設計ができると思います。なお、遺言の方式は後々の争いを防ぐためにも公正証書遺言をしておいた方が安心だと思います。公正証書遺言は公証人役場で作成されます。詳しくは公証人役場にお尋ねになるのが良いでしょう。

弁護士 塩味達次郎