亡夫に隠れた負債があった場合の対処法~相続放棄

一 私の夫は、先月急に死亡しました。夫は、生前中私にお金の話は殆どしてくれず、必要な生活費だけを渡してよこすというやり方でしたので、私はお金のことは全くわかりませんでした。
私と夫の間には、まだ独身の長男長女の二人の子がいます。遺言としては、夫名義の自宅の土地建物と、日頃の生活をやっていける程度の銀行預金だけですので、長男長女と話し合いの結果、二人の同意を得て自宅の土地建物と銀行預金は、私が単独で相続することとなりました。

二 そこで、相続登記を司法書士にお願いしたところ、司法書士から、「登記手続きを開始するにあたり、念の為土地建物について調査したところ、この土地建物には、甲銀行に時価よりもはるかに大きな抵当権が付けられている。残債務を調べずに、相続登記手続きをすすめますか。ちょっと危険だと思いますよ。調べた方がいいですよ。」と言われました。
そのわけは、このまま相続手続きをしてしまった後で、もしも銀行からの借入金の残債務が大きいとき、私は相続財産よりはるかに大きな債務を、受け継がざるをえなくなるというわけです。

三 そこで私は念のため、甲銀行に行き、亡夫の預金と借入金とを調べてもらったところ、預金はわずか百万円たらずであり、借入金残高は四千万円もあり、明らかに債務超過であることがわかりました。また、不動産屋に土地建物の時価を調べてもらったところ、時価二千万円といわれました。
その後、間もなく甲銀行から、亡夫の預金は貸付金と対等額で相殺するので、預金残額は零になったという内容証明郵便が送られてきました。
亡夫は、私達が私達が住んでいる住居以外に不動産を持っていませんでした。私達はどうしたらよいのでしょうか。

四 尚、亡夫の両親は既に死亡しており、兄弟姉妹がいます。

一 あなたの夫が急死されたことは、さぞかしショックなことだとおもいます。しかし、今あなたの置かれている立場は、より厳しいものと考えられます。
あなたの夫は、甲銀行に多額の借金をしていたわけで、このまま三カ月間放っておくと、あなたとあなたの子供達も、夫の債務を全額引き受けることとなってしまい、その為誰かが支払いをしなければならず、できないときは全員が破産せざるを得ないことになります。

二 そこで、債務である甲銀行の借入金を引き継がないようにするには、相続人は全員が相続放棄をしなければなりません。
その前提として、ご自宅の相続登記もしてはいけません。もし仮に相続登記をしてしまえば、相続を承認したことにみなされ、以後放棄ができなくなるからです。

三 相続放棄の手続きは、相続開始を知った時から三カ月以内に、相続開始地の家庭裁判所に相続放棄申述書を提出すればよいのです。申述書の用紙は、家庭裁判所の受付でもらえますので、ご自分で手続きはできます。
まずは、あなたと子供さん達と一緒に、相続放棄申述の申立をした方がよいでしょう。相続放棄申述が受理された後、申立をすれば「相続放棄申述受理証明書」を交付してくれますので、これを銀行に提出しておくことが必要です。

四 更に、あなた方相続人三人が相続放棄の手続きをすると、あなた方は初めから相続人でなかったことになります。ですから、次に亡夫の兄弟姉妹が相続人ということになり、銀行から借入金の債務の返済を求められます。
そこで、亡夫の兄弟姉妹にも訳を話して、相続放棄手続きをしてもらうほかありません。もし、夫の兄弟姉妹の誰かが既に死亡していて、その方に子供がいるときは、その子供にも相続放棄手続きをしてもらわなければなりません。亡夫の兄弟姉妹も相続放棄申述受理証明書をもらっておく必要があります。

五 尚、相続放棄をした場合、当然のことですが、あなたは現在住んでいるご自宅に住み続けることはできません。残念でしょうが明け渡して、甲銀行の処分に任せるほかありません。甲銀行は最終的には競売の手続きをして、売得金で貸付金の回収をすることになります。

六 いずれにしても、あなたのように、日頃から夫の資産や債務について知らないままでいると思いがけないことになります。折に触れて何とか聞き出しておくべきだったのではないでしょうか。

弁護士 塩味達次郎