【改正相続法】預貯金の仮払い制度
今回の改正相続法で、預貯金の仮払い制度が認められたと聞いていますが、具体的にはどのような制度ですか?
預貯金債権と従来の最高裁判例
従来、最高裁の判例は、「相続人数人ある場合において、その相続財産中に金銭その他の可分債権あるときは、その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解するを相当とする」としていました(最判昭29.4.8)。しかし、実際の遺産分割において、預金が遺産分割の対象にならないとすると、預金を各相続人に適宜分割して調整金とするなどの方法がとれなくなるため、相続人全員の合意があれば預金も遺産分割の対象となるとするのが実務の取り扱いでした。
また、銀行等の金融機関も、被相続人名義の預金の払い戻しには、相続人全員の署名と実印のある書類の提出を求めていました。
近時最高裁は、このような遺産分割における実際の必要性や金融機関の実務に合わせるように、「共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」との判断を下しました(最判平成28年12月19日)。
遺産分割前における預貯金の仮払い制度の創設
このような最高裁判例の登場により預貯金も遺産分割の対象となることが明確になり、預貯金の遺産分割をめぐる問題が解消されることになりました。しかし、一方で相続開始直後に預金の引きおろしが認められないとすると、被相続人と同居していた相続人の生活に支障をきたしたり、葬儀代の捻出が困難になるなどの問題が生じていました。そこで改正相続法は、遺産分割前であっても一定の金額に限って、各相続人の法定相続分に応じて、預金の払い戻し請求を認めることとしました。
具体的な金額は、相続開始時の預貯金債権額の3分の1に、預金引き出しを求める共同相続人の法定相続分を乗じた額になります。また、この場合に引き出せる預金の額には上限があり、法文上は「標準的な当面の必要生計費、平均的な葬儀の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする」とされていますが(改正法909条の2)、現在のところ法務省令により各金融機関ごとに150万円が限度とされています。
このようにして引き出された預金額は、これを引き出した相続人について、遺産の一部分割によって取得したものとみなされます(改正法902条の2)。
家庭裁判所が関与する場合の預貯金の仮払い制度
従来の家事審判法は、一定の場合に遺産の仮分割が認められていました。しかし、この仮分割の制度は要件が厳格でした。具体的には「強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」とされていました。しかし、これではあまりに要件が厳格すぎて、預貯金を早急に現金化したいと言う場面に対応できませんでした。
そこで改正家事事件手続法は、家庭裁判所に遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合に、「相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁のため遺産である預貯金債権を行使する必要がある」場合で、「他の共同相続人の利益を害しない」場合には、預貯金債権の全部または一部の仮分割の申立てがあれば、これを認めることとしました(改正家事審判法200条3項)。
これにより、共同相続人間で不動産等の他の遺産について分割の合意ができていない段階でも、預金について仮の分割をして相続債務の支払いに充てるなどの柔軟な対応が可能となりました。