【改正相続法】遺産分割前の預金の引きおろし
被相続人の死亡後に相続人の一人が相続財産である預金を勝手に引き出してしまいました。このような場合に預金を遺産分割の対象とすることはできるでしょうか?
従来の取り扱い
従来から、被相続人の死亡後に、被相続人名義の預金を事実上管理している一部の相続人が、勝手にその預金を引き下ろしてしまうということが往々にしてありました。本来であれば、遺産分割の対象になるのは被相続人死亡時に被相続人に属していた財産の全てであり、被相続人死亡後に引き下ろされた預金も、遺産分割の対象になるはずです。しかし、遺産分割時に存在しない財産を遺産分割の対象にすることは事実上困難が伴うため、相続人全員の同意がない限り、このような預金は遺産分割の対象から外されてきました。そして、被相続人死亡後に勝手に引き下ろされた預金については、不法行為による損害賠償請求や不当利得返還請求の問題として遺産分割とは別に解決すべきとされてきました。
しかし、そうすると損害を受けた相続人は、家庭裁判所に遺産分割の調停を申し立てるだけではなく、地方裁判所等に別途訴訟を提起しなければならず、その負担は少ないののではありませんでした。
改正法の内容
そこで、今回の相続改正法は以下のような規定を置いて、この問題を解決することとしました。
民法906条の2第1項 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
第2項 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。
このうちの第1項は、従来からの取り扱いと変わりはありませんが、第2項の規定により、預金を処分した相続人の同意がなくても、その預金を遺産分割の対象とすることができるようになったのです。もっとも、共同相続人の判断により、従来どおり不法行為による損害賠償請求や不当利得に基づく返還請求を求めることも可能です。
遺産分割前の預金の引き下ろしについて
なお、相続人の一部が、被相続人の死亡前に被相続人名義の預金を引き下ろして費消してしまうということも少なくありません。しかし、遺産分割はあくまで被相続人が死亡した時点で被相続人に属した財産が対象となりますので、被相続人が死亡する前に引き下ろされた預金は遺産分割の問題にはなりません。
もし、この預金引きおろしが被相続人の意思に基づいている場合は、被相続人から一部の相続人に贈与があったとみられるので、特別受益と持ち戻しの問題となります。また、一部の相続人が被相続人の意思に基づかないで預金を引き下ろしていたような場合は、生前の被相続人について、預金を引き下ろした相続人に対する不法行為による損害賠償請求権や不当利得返還請求権が発生することになります。そして、預金を引き下ろされてしまった相続人は、被相続人から相続したこれらの請求権に基づき、預金を引き下ろした相続人に対して地裁等に訴訟を提起することになります。